2006年10月01日 Sun

占いと初恋【フィクション】

「あたし、カレシができちゃった」

洋子は、小学校時代からの親友。その洋子が、話したいことがあるって部屋にきて、そう言うのだ。

「マジで?相手はだれなの?」
「おなじクラスの松下。きのう、夜に電話かかってきて、告られた」

しまった。先を越された。ずっといっしょにならんで歩いていたのに、急に距離を空けられた気分。ベッドの上であぐらをかきながら話す洋子は、ちょっと誇らしげだ。別に、裏切られた、ってかんじたわけじゃない。でもさ、なんか、親友が遠くにいっちゃったかんじで、ちょっと寂しかった。

「おめでと。前から仲よかったし、似合ってるふたりだとおもうよ」

あたしは無理やり笑顔をつくって言った。だって、親友にはじめての恋人ができたんだもん、祝福してあげなくちゃ。でも、そのあとしばらくして洋子が帰って部屋にひとりになると、なんだか心に穴があいたみたいになっちゃった。なんだろう、このかんじ。変だ。


夜、お風呂に入って、家族と夕飯を食べてから部屋に戻ると、あたしはベッドのなかで石岡先輩のことを考えた。考えた、っていうか、どうしても眠るまえになると、先輩のことが頭に浮かんできてしまうのだ。グラウンドを走る先輩、キャッチボールをする先輩、汗まみれ泥まみれで試合をする先輩。先輩がぐるぐるぐるぐる。すると突然、洋子の顔。なにが、

「あたし、カレシができちゃった」

だ。あたしだって、いつか、石岡先輩と‥‥‥。そんなことを考えているうちに、あたしはいつのまにか眠っていたようだった。


次の日の朝。朝食のトーストをかじりながらテレビの占いをチェックする。ピンク色をした変なまるっこいキャラクターが、星座ごとの運勢を発表してゆく。

「きょうの1位は牡牛座のあなた!親しい友人との仲がより一層深まったり、単なる友人の一人だった異性が恋人に変わることもあるでしょう!」

総合運97点。金銭運80点。恋愛運、100点。うわ、恋愛運100点なんて、はじめてかもしれない。こんなうまくいくなんてのは、ちょっと信じがたいけれども。けど、やっぱり占いで1位になると悪い気はせず、うきうきしながら「いってきます」といって家を出た。このときは、この占いがほんとになるなんて信じてなかったのだけれども。


放課後。退屈な授業を耐え抜いて、それからブラバンの練習。音楽室でチューバを吹く。グラウンド側の窓の近くがあたしの指定席だ。黄色くなってきたイチョウ並木に囲まれたグランドから、威勢のいいかけ声やバットがボールを打つカキーンっていう爽快な音が響いてくる。あのユニフォームのなかのだれかが石岡先輩だ。


太陽が沈み、薄暗くなった校内はどこか不気味だ。上履きの裏を通りこして、廊下のひんやりしたかんじが足の裏に伝わってくる。あたしが下駄箱で靴に履き替えようとすると、ちょうど練習を終えた野球部が戻ってくるところだった。

「あ」

思わず、声が漏れてしまった。石岡先輩と目が合ったのだ。

「おっす、お疲れ。ブラバンもいま終わったとこ?」
「うん」
「もう外暗いから、おれ送ってくよ。ちょっと待ってて。すぐ着替えてくるから」

そういうと先輩はダッシュで教室に向かい、しばらくしてまたダッシュで下駄箱に戻ってきた。まさか、だ。先輩とふたりで帰れるなんて。


「う、寒い。さっきまで汗かいてたのに、急に冷えてきた」
「もう11月ですからね」

あたしは先輩といっしょに歩いてるってだけで舞い上がっちゃって、夢のなかにいるみたいなかんじだった。足の裏が、地面から3ミリくらい浮いてるかんじ。すぐ隣に憧れの先輩がいるのに、なにしゃべったらいいのか分からなくて、ちょっと首を曲げれば先輩の顔が見れるのに、なぜかそれもできなかった。こういうときって、どうしたらいいんだろう?空気はとっても冷たいのに、ほっぺただけ真っ赤になってるのがわかる。そういえば、むかしはよく「りんご」なんて言われて、クラスの男子にからかわれてたっけ‥‥‥。

「ブラスバンドも、けっこう遅い時間まで練習やってんだね」
「はい。演奏会も近いですし」
「もし都合がつけば、おれも聞きに行きたいな、演奏会」
「ほんとですか!?よかったら、ぜひ来てください。こんど、チケットできたら、渡しますし」
「ありがと!じゃ、おれのケータイの番号教えとく」

まさかの、先輩の番号ゲット!きょうのあたしはついているぞ。


郵便局のある交差点を過ぎると、あたしの家まであと3分もかからない。ああ、ずっとずっとこのまま先輩と歩いてられたらいいのに。家が、もっと遠ければよかったな。なんて考えてるうちに、もう玄関。

「じゃ、また」
「はい。今日はありがとうございました。さようなら」

ドアを開け、ただいまも言わずに2階の部屋に駆け上がる。鞄を、放り投げる。制服のまま、ベッドにダイブ。やった。先輩といっしょに帰ってきて、おしゃべりもして、番号まで教えてもらった。

「石岡先輩、090-****-****」

ケータイの画面を、じっと、なんども見てみる。そこにはやっぱり先輩の名前と番号。ああ、あたし、いま、ニヤけてる。あたしって、きもちわるい子かもね。

「夜に電話かかってきて、告られた」

急に、きのうの洋子のことばが、頭をよぎった。そうして、いま、親指にちょっと力を入れて通話ボタンを押せば、先輩に繋がるんだって、考えた。いや、でも、そんなのぜったい無理だ。無理に決まってる。そんな勇気ないよ。でも、あの朝の占い。

「恋愛運100点。親しい友人との仲がより一層深まったり、単なる友人の一人だった異性が恋人に変わることもあるでしょう」

やっぱり、今日を逃したら、次のチャンスはいつになるかわからない。心臓がバクバクと高鳴る。あたしは、どうにでもなれ、と覚悟して、「えいっ」と通話ボタンを押した。

「プルルルルルルル、プルルルルルルル‥‥‥」

たった数秒のコール音がとてつもなく長くかんじられた。どうしよう、やっぱり辞めようか。切ろうか。なんて考えてると、先輩の声が聞こえた。

「もしもし。どうしたの?」
「あの、さっきはわざわざ家まで送ってもらって、ありがとうございました」

違う。そんなこと言いたいんじゃない。さあ、いうんだあたし。これはもう、引き返せぬよ。

「いや、いいって。また練習遅くなったら、いつでも送ってってやるから」
「‥‥‥先輩」
「どうしたの?」
「あたし、先輩のことが、好きです」

ついに、言ってしまった。

「もし、つきあってる人がいなかったら、あたしと、つきあってもらえませんか?」
「え!?まいったな。おれのほうから言おうとおもってたのに」
「じゃあ、先輩も、あたしのことを‥‥‥?」
「うん。ほら、いつも野球部とブラバンの練習終わるのおなじくらいっしょ?それで、よく下駄箱のとこですれ違ってて、いつも声かけよう声かけようっておもってたんだ。今日ようやく思い切って声かけてみたんだけど、ほんと、勇気出してよかった」
「あたしも‥‥‥」
「明日から、毎日、いっしょに帰れる?」
「はい。もちろん」
「じゃ、また明日」
「はい。おやすみなさい」
「おやすみ」

夢みたいだ。石岡先輩も、あたしのことを好きだったなんて!それに、明日から、毎日いっしょに帰れる。先輩とあたしが、恋人‥‥‥。その日の夜は、パジャマに着替えてベッドに入ってもなんだか落着かなくて、まだ起きてるのに夢のなかにいるみたいな、ベッドごと宙に浮いているみたいなかんじだった。これが、幸せってものなのかもしれない。


次の日も、また次の日も、あたしは先輩といっしょに帰った。たくさんたくさんおしゃべりして、1週間もたつと、それまでほとんど知らなかった先輩のことがわかってきた。3つ上のお姉さんがいることや、好きな音楽、好きなお笑い芸人のこと。どんな些細なことでも、先輩のことを理解できるようになることが喜びだった。


12月になり、クリスマスまであと1週間と迫った日曜日。休日はお昼近くまで眠っていることが多いのに、その日はやけにはやく目が覚めた。「あら、今日は休みなのにはやいのね」と驚いてこっちをみる母をよそに、パジャマのままリビングのソファにすわる。ちょうど占いの時間だ。

「牡牛座のあなた!今日は精神的なダメージを受けることがありそうです。何か良からぬ知らせが舞い込んでくることによって、大切なことを諦めなければならなくなるかも」

げっ。なんだよ。せっかく早起きして気分よかったのに。ぶち壊しだなぁ。とおもってがっくり肩を落としていると、母が、

「占いなんてそんなに気にすることないじゃない」

ま、それもそうかな。先輩とつきあいはじめた日の占いが当たってからは、けっこう本気にしてたんだけれどもね。


その日の夕方、家に一本の電話がかかってきた。受話器を取った母の顔が、妙に険しくなっていた。「病院」「事故」。そんなことばが聞き取れた。平穏だったリビングに不穏な空気が立ちこめる。2年前におじちゃんが病院で死んだときも、こんなかんじだった。そんなことを思い出していると、受話器を置いた母が、

「石岡くんが、交通事故にあって、病院に運ばれて、たったいま亡くなったって‥‥‥」

悲しい、なんて感情は湧いてこなかった。さいしょは、ただ、信じられなかった。つい昨日も、いっしょにクリスマスを過ごす約束をしたばかりだったのに、石岡先輩が、もういないなんて。嘘。悪い夢なら、はやく覚めて!


しかし、次の日、朝の全校集会で校長先生がその話をすると、先輩が死んだのはほんとうなんだってことがわかってきた。広い体育館のなか、いつもは友達とおしゃべりして先生に叱られてる子たちまで静かで、シーンとした空気のなか、生徒たちの鳴き声だけが響き渡っていた。なんだよ、これ。ほんとに、先輩が、死んじゃったみたいじゃんか。泣くなよ。みんな泣くなよ。泣くんじゃねぇよ。でも、そうおもってるあたしが、いちばん、泣いてるんだ。



あれから2年以上の月日が流れた。もうすぐ中学も卒業で、仲よしだったクラスメイトたちとももうすぐお別れ。みんな、それぞれの進路に別れてゆく。親友の洋子があたしの席に来て、

「数子は、将来なにになりたいの?」

と尋ねる。あたしが、

「占い師、かな」

と答えると、「変わってるなぁ数子は」だって。

「数子。石岡くんのことは残念だったけど、高校に行ったら新しい恋を見つけなきゃだめだよ。いつまでも気にしてたら、だめだからね」
「わかってるよ。4月からは、新しい自分に生まれ変わります」

でも、あたしは、きっと、いつまでも石岡先輩のことを忘れられないだろう。だって、あたしがはじめて愛した人だから。きっと、あの愛しいって気持ちも、悲しいって気持ちも、あたしのなかから消えることはないだろう。先輩がこの世を去ってしまったことは悲しい。でも、先輩に出会えて、よかった。短いあいだでも、先輩と恋人になれて、幸せだった。


くさいことをいうようだけど、先輩と出会えたことは運命だったんじゃないかっておもう。そして、魅かれ合ったあたしたちの背中を押してくれたのが、あの、朝のテレビでみた占いだった。もし占いってものが、人に勇気を与えて、そうして、あのときのあたしみたいに、一歩を踏み出せずにいる人を助けてあげられるなら、あたしは占い師になって、その子の背中を、ぽんって、押してあげたいんだ。


細木数子、17歳のころの話である。
posted by グレエ at 20:10 | Comment(6) | TrackBack(0) | edit


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