2006年07月20日 Thu

人生の目的【日記】

人間は何のために生きるのだろう?


この大問題に、人類は数千年ものあいだ頭を悩ませてきた。古代ギリシアの賢者も必死になってこの問いに取り組んだし、歴史上、この問題が無視されることはなかったと思う。人間として生まれてきたからには、この問いからは逃れられない。


しかし現代人の生活を見ていると、どうもこの問題に真剣に答えようとしている人はほとんどいないようにすら思える。率直に言えば、人生の意味について考えていないように思えてしまう。


戦後の急速な経済成長を遂げ、世界でもトップクラスの先進国となった日本。物があふれかえり、食べ物は文字通り捨てるほどある。毎日の時間を退屈せずに過ごせる娯楽も豊富になって、子どもはいつでもどこでも携帯用のゲーム機で遊びに興じ、青少年はカラオケやボーリングで愉快な休日を過ごし、中高年の人々はゴルフや旅行を楽しんでいる。しかし快楽を追求するのに反比例して、人生の意味が希薄になっているんじゃないかと思う。人間の一生が極めて単純になってしまっているんじゃないかと、僕は危惧しているのです。


おそらく昨今の凶悪犯罪というのも、人生の重さが分からなくなったからこそ起こった悲劇なのではないでしょうか。友人がいじめられたから、ムカついたから、そういったあまりに短絡的な理由で人を殺す。それは人生、つまり人間の命の重みが実感できないからだと思います。もし人生について真剣に悩み考えていたら、そんなことはできないと思うのです。僕は改めて問いたい。


果たして、人生の目的とは何なのか?


ある人は異性にモテることだと言うかもしれない、ある人はいい大学にいっていい企業に就職することだと言うかもしれない、またある人は名誉やお金を得て勝ち組になることだと言うかもしれない、しかし人生とはそんな薄っぺらなものなのでしょうか? 人間の一生は、そんな外面的なものによって決定されるほど軽いものなのでしょうか? そんなはずはないと思うのです。


哲学者デカルトの言葉に、こういうものがあります。

「欠けるところのない決意と徳をもって、自己の最善と信ずるところをすべて実行したのだと、良心が証明してくれさえすれば十分なのです」

つまり、他人の評価がどうであれ、自分が正しいと信じたことを成し遂げれば、それで自分は満足である、よい人生を送ったと自信を持って言える、ということだと思います。そう、何を所有しているか、他者にどんな評価をされるか、そんなものは関係ない、要するに自分が最善だと確信したことを実行できたかどうかだけが人生において意味を持つのです。


文明の発達や物質的な豊かさによって、残念ながら現代人の人生は空虚なものになってしまったと思います。しかしそんな悲しい時代のなかでも、僕は自分なりに人生の意味を考え、最善だと思ったことをやり、老人になったときに「自分の人生は、いい人生だった」と言えるようになりたいのです。


僕の周りにはパソコンがあって携帯電話があって漫画があって、あたかもそんな高尚なことは考えさせまいとするかのように誘惑がちりばめられているけれど、それらに負けないように生きて行きたいと思います。人生の意味について考えて、一日一日、一瞬一瞬を精一杯生きていきたいと思うのです。
















【きょうの僕の一日】
午後2時:起床、その後ネットしたり漫画読んだり。
午後6時:大学に行ってブログのネタを考える(妄想)。
午後8時:帰宅、その後ネット。
午後10時:ブログ。



精一杯生きるのは明日からってことで。
posted by グレエ at 21:56 | Comment(2) | TrackBack(0) | edit


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この記事へのコメント
僕の生きる意味はあまり考えた事がないけど、明日死んでもいいように、充実した日々が毎日送れるように、日々生きてます。
Posted by 我流おk at 2006年07月20日 23:28
それはいいことですね。僕も明日死んでも別にいいです。
Posted by グレエ at 2006年07月21日 19:34
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