2006年08月14日 Mon

ワオー【昔の話】

大学受験。その過酷な戦争で生き残るため、僕はある予備校に1年間通っていました。ここに名前を書いたとしても、おそらく誰もわからないような小さな予備校だったのですが、そこには駿台や代ゼミに負けないくらい濃い先生方がいました。


その筆頭が数学の稲垣先生でした。彼はその予備校の数学講師の代表格で、数学の教材はほとんどその人がつくっていたし、数学のいちばんハイレベルなクラスを担当していたという重要人物なんですが、その言動や行動がありえなかった。うん、誇張でなしに、あれはありえない。


まずね、第一印象が精神障害者なんですよね。どうみても精神障害者。こういう言い方はどうかと思うのだけれど、でも明らかにそうなんですよ。絶対ふつうじゃない、というのはもう見た瞬間にわかるの。目線の動かし方から歩き方まで、どう見ても普通ではない。はじめて数学の授業に出て稲垣先生を見たときはもうそのまま帰ろうかと思ったもの。


ただ、実際に授業をはじめると、やはりそこはプロなんですよね。解説はすごく分かりやすいし、惚れ惚れするような解き方をしてみせてくれる。途中、ややこしい計算があったりしてもほとんど間違えないし、ごくまれにミスすることがあってもすぐに気づく。


先生は、どうやら回答の手順や数字までほぼ暗記していたらしいのですよ。だから違う数字が出てきちゃうと「あれ?」と思うらしい。

「ワオー! 今のはきみたちが気づくかどうか試したんだよぅ!」

甲高い声でそう言ってすぐに訂正する。その記憶力はもはや常人を越えていて、やっぱり脳みそがちょっと変なんじゃないかと思いました。


さて、さきほどの先生の発言に「ワオー!」という奇声が含まれていたのに気づいたと思いますが、これは先生の口癖でした。計算ミスすると
「ワオー!」、黒板に描いた円が歪むと「ワオー!」、何の脈絡もなく「ワオー!」、そんだけワオーがあれば星一つくらいなら壊せるんじゃないかってくらいにワオーの連発。マシンガン・ワオーかってくらいワオーの連発。こちらとしては予備校にいるんだか精神病院にいるんだかわかりゃしない。ある友人の調べによると、一回の授業で使用されたワオーは80回を超えたそうです。


他にも、稲垣先生にはいくつもの名言がありました。


生徒がかんたんな公式を忘れていたりなど、凡ミスをしたときに必ず言う一言。
「破門だよぅ!」

意外と知られていない効率のいい問題の解き方を教えるとき。
「これは秘伝だよぅ。幻の解法だよぅ、ふへへへ」

生徒が先生をからかうようなことを言ったとき。
「お前ら、ちょっと、表へ出ろ!」(ドナルドみたいな感じで)

手をホワイトボードの角にぶつけたとき。
「うえーん、痛いよぅ。お母さーん!」


これがいい年したおっさんの発言ですからね。正気の沙汰とは思えない。予備校にいるはずなのに精神病院にいるような気がしたわ。


そんな稲垣先生が、夏に「セミプロ複素数」という講義を担当したんですよ。短期間で集中的に特定の分野をやるというものだったんですけど、そのはじめの講義で信じられないものを見た。


「ワオー! この講義はセミプロだからね、セミプロ。みーんみーんのセミプロだからね!」

とかいいながら、ホワイトボードに黒のペンをすらすらと走らせるのですよ。するとあらふしぎ、みるみるうちにリアルなセミが描かれてゆくではないですか。

「ここの部分が長いのがオスなんだよー! ワオー!」

いやいや、あなたなんでそんなに昆虫に詳しいんですか? というか、絵がうますぎるんじゃないですか? と思ってると、あっという間に完成したセミの横にもう一匹セミを描き始めました。

「これはお腹の方からみたセミだよー! ワオー!」

いやいや、何も見ずにセミを裏側から描けるって、セミの裏側を描けるって、どんだけ天才ですかって話です。


なんかもう、植木でオブジェをつくるシザーハンズみたいな動きでペンを走らせて、あっという間に2匹のセミが完成しました。こっちが「ワオー!」って言いそうになったわ。セミプロと昆虫のセミは関係ないだとか、そんなツッコミもする気なくなったからな。


病的な数学マニアで、なおかつ絵がそれこそセミプロ並みにうまいっていうだけでワオーとか言っちゃいそうなんだけど、その後、2匹のセミを背にして、なんか知らんが先生が昔の夏の思い出を語り始めたんですよね。

「小学生のころ女の子にセミの抜け殻見せたらすごく気に入ってくれてね。だからもっと喜ばせてあげようと思って、次の日バケツ一杯セミの抜け殻集めてその子に渡したら泣いちゃってさぁ。困ったよぉ」

いや、そりゃ泣くよ。むしろ悪質な嫌がらせじゃねぇか。



見た目は精神障害者、しかし中身は優れた数学教師であり、絵がうまいなんて一面もある。そんなすばらしい先生だったのだけれど、どうやら中身も多少狂っていたようです。いまでも夏になってセミの鳴き声を聞くと、先生のあの奇声が心の中で響いてくるかのようです。ワオー、ワオー、と。



ちなみに、稲垣先生にはネットの趣味もあって、よく自分の名前や口癖で検索をしていたようでした。ときどき、巨大掲示板に書き込まれた自分の噂をネタにしたりしてました。うむ、この日記も、もしかしたら先生に発見されるかもしれない。
posted by グレエ at 21:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | edit


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