2006年10月09日 Mon

月の話【フィクション】

闇の上に月が浮かび、夜の底に淡い光を沈殿させている。


その光の沈殿のなかを歩きながら、僕は顔をあげて月を眺めた。澄んだ夜空から僕を見つめる月の光は、冷ややかなようでもあり、しかしやさしく僕を包み込むようでもある。


こんな秋の夜、僕は必ずある既視感におそわれる。どんなに自分の記憶を詳細に調べてみてもありえないはずの経験を、すなわち、人に愛されるという経験を、僕は思い出すのだ。僕は月に問うてみた。この、僕の記憶ではありえないはずの記憶はいったい何なのか、と。すると、月が答えた。

「それはもう一人のお前の経験だ」

と。そうして僕は、彼女に当然の疑問を投げ返す。

「もう一人の自分とは誰なのか」

と。また彼女が答える。

「それはお前の双子の兄の記憶である」

と。さらに続けて彼女が語る。

「双子の兄の記憶が、お前の記憶に混入しているのだ」

と。そうして彼女は地上にぼんやりとした光を降らせながら、だいたい次のように物語った。



日本のある地方都市に、彼、すなわち僕の双子の兄は生活している。体格、顔立ち、声、指の長さ、その他ほとんどあらゆる身体的特徴は僕と酷似している。だが、彼と僕とは決定的に異なる点がひとつあった。それは、彼が人を愛することのできない男だということ。


神は、僕と兄の魂を母の胎内に吹き込むときに、手違いを犯したのだった。僕に本来与えるべきであった「人に愛される能力」を兄に与えてしまい、逆に、兄に与えるべきであった「人を愛する能力」を僕の方に与えてしまったのだ。そうして、僕は人を愛することはできても、人に愛されることのできない人間となり、兄の方は人に愛されることはあっても、人を愛することのできない人間になってしまった。


彼は、すなわち兄は、ある晩、職場の女性に誘われ食事にゆくことになった。週末を控えたその日、彼は他にこれといった用事もないので付き合うことにした。


仕事が終わり、彼は彼女と連れ立ってオフィスを出る。その二人の背中に嫉妬のまなざしを向ける女性がそのオフィスのなかだけでも3人はいるのだが、彼はそのことに気づく由もない。駐車場までくると、彼は何の打算もなく彼女のために助手席のドアを開けた。


めまぐるしく過ぎ去ってゆくネオンの光を顔に反射させて、彼はまっすぐ前を見て運転している。彼女はときおり彼の顔をさりげなく覗き込んでみる。彼はそれにも気づかない。ただ、彼女の方からふられる何気ない会話に答えるだけであった。ときおり乾いた声で笑ったり、立て続けに話をすることもあったのだが、どこか心の底は違う方を向いている、という印象がある。彼はそんな倦怠感を発しいていた。そうして、多くの女性がそれに魅かれるのであった。


イタリアンレストランの店内で、彼女がパスタをフォークに巻きながら、

「鈴木さんって、おつきあいしている女性はいるんですか?」

と彼に質問した。鈴木とは、彼の名前である。

「いや、僕は女の人とつきあったことがないんですよ」
「え!ほんとうですか!」

一瞬、店内の客が二人の方を振り向いた。それほど彼女の驚きの声は大きかった。

「女の子たちで、鈴木さんのファン、多いんですよ」
「まさか、冗談でしょ」

乾いた声で笑う彼。彼女の言葉を真に受けていない。嬉しい、という感情もなく、かといって彼女の言葉を疑うでもなく、彼にとってそれは興味の対象から外れたものでしかなかった。つまりは、どうでもよかった。


彼はそれまでの人生で無数の異性に愛されてきた。小学校、中学校、高校、大学、そうして職場でも。それにも関わらず、彼は一度として彼女たちの気持ちに気づいたことがなかった。もちろん、女性の方から告白されたことも一度や二度ではない。しかしその度に彼はなるべく相手を傷つけない言葉を用いて断ってきた。


食事を終え、二人はふたたび車に乗り込んだ。近くの駅まででいいと遠慮する彼女に、彼は自宅まで送ってゆくと言った。空にはぽっかりと月が浮かび、フロントガラス越しに二人を照らしている。

「鈴木さん、どうして彼女つくらないんですか?こんなに女の子にモテるのに。何か嫌な思い出でもあるんですか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどね」

彼の顔が曇る。こういう話は苦手なのだ。なぜ恋人をつくらないのかと問われると途端に返す言葉につまってしまう。彼には、人を愛する、ということが理解できないのだった。もちろん、助手席に座っている彼女の気持ちにも気づけるはずがなかった。

「あ、すみません。変なこと訊いちゃって」

そうして仕事の話や上司の愛人のうわさ話をしてお茶を濁しているあいだに、車は彼女のマンションの前に到着した。

「じゃ、また月曜日に会社で」
「はい」

しかし彼女はシートベルトを外したあと、助手席に座ったまま動こうとしなかった。

「どうしたの?気分でもわるい?」

彼は彼女の体調を気遣って、心配そうな顔で彼女に問う。すると、彼女は彼の顔をまっすぐに見つめて言った。

「あたし、鈴木さんのことが好きなんです」

その瞬間、彼の心に暗い影が落ちた。むかしから何度も繰り返された、不幸な出来事。それがまたしても彼を襲ったのだ。


彼は思う。どうしてこの女性は自分などに特別の好意を寄せるのか、と。そうして、これも幾度となく行われたことだが、彼は即座に、しかし最大限彼女を傷つけないような拒絶の言葉を探した。けれど、彼女は彼の言葉を待つまでもなく、彼の表情から拒絶を感じ取り、蝶のようにひらりと車から出て駆けていってしまった。


彼には、不可解な罪悪感だけが残された。自分は、彼女の愛に応えることができない。いや、誰からの愛にも応えることができない。そうして、人に愛される度に人を傷つけなければならない。これは、自分が悪いのであろうか?自分の罪なのであろうか?彼はハンドルに額を押し付けて、終わりのない自問自答に苦しんだ。そうして、もし自分が人を愛することができたなら、これほど人を傷つけることなく、またこのような罪悪感に苛まれることもなかったのに、と神を呪った。



これが、月が僕に語った双子の兄の話である。

「お前は人に愛されることがない変わりに、この兄の記憶が侵入してきて、それを自らの記憶と混同しているのだ」

月は語る。そうして、僕はとうぜんの疑問を彼女に投げ返した。

「僕はまだ21だ。大学を卒業した双子の兄がいるというのは不条理ではないか?」

と。月は答えた。

「あ、すみません。人違いでした」

と。おっちょこちょいな月である。
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2006年10月01日 Sun

占いと初恋【フィクション】

「あたし、カレシができちゃった」

洋子は、小学校時代からの親友。その洋子が、話したいことがあるって部屋にきて、そう言うのだ。

「マジで?相手はだれなの?」
「おなじクラスの松下。きのう、夜に電話かかってきて、告られた」

しまった。先を越された。ずっといっしょにならんで歩いていたのに、急に距離を空けられた気分。ベッドの上であぐらをかきながら話す洋子は、ちょっと誇らしげだ。別に、裏切られた、ってかんじたわけじゃない。でもさ、なんか、親友が遠くにいっちゃったかんじで、ちょっと寂しかった。

「おめでと。前から仲よかったし、似合ってるふたりだとおもうよ」

あたしは無理やり笑顔をつくって言った。だって、親友にはじめての恋人ができたんだもん、祝福してあげなくちゃ。でも、そのあとしばらくして洋子が帰って部屋にひとりになると、なんだか心に穴があいたみたいになっちゃった。なんだろう、このかんじ。変だ。


夜、お風呂に入って、家族と夕飯を食べてから部屋に戻ると、あたしはベッドのなかで石岡先輩のことを考えた。考えた、っていうか、どうしても眠るまえになると、先輩のことが頭に浮かんできてしまうのだ。グラウンドを走る先輩、キャッチボールをする先輩、汗まみれ泥まみれで試合をする先輩。先輩がぐるぐるぐるぐる。すると突然、洋子の顔。なにが、

「あたし、カレシができちゃった」

だ。あたしだって、いつか、石岡先輩と‥‥‥。そんなことを考えているうちに、あたしはいつのまにか眠っていたようだった。


次の日の朝。朝食のトーストをかじりながらテレビの占いをチェックする。ピンク色をした変なまるっこいキャラクターが、星座ごとの運勢を発表してゆく。

「きょうの1位は牡牛座のあなた!親しい友人との仲がより一層深まったり、単なる友人の一人だった異性が恋人に変わることもあるでしょう!」

総合運97点。金銭運80点。恋愛運、100点。うわ、恋愛運100点なんて、はじめてかもしれない。こんなうまくいくなんてのは、ちょっと信じがたいけれども。けど、やっぱり占いで1位になると悪い気はせず、うきうきしながら「いってきます」といって家を出た。このときは、この占いがほんとになるなんて信じてなかったのだけれども。


放課後。退屈な授業を耐え抜いて、それからブラバンの練習。音楽室でチューバを吹く。グラウンド側の窓の近くがあたしの指定席だ。黄色くなってきたイチョウ並木に囲まれたグランドから、威勢のいいかけ声やバットがボールを打つカキーンっていう爽快な音が響いてくる。あのユニフォームのなかのだれかが石岡先輩だ。


太陽が沈み、薄暗くなった校内はどこか不気味だ。上履きの裏を通りこして、廊下のひんやりしたかんじが足の裏に伝わってくる。あたしが下駄箱で靴に履き替えようとすると、ちょうど練習を終えた野球部が戻ってくるところだった。

「あ」

思わず、声が漏れてしまった。石岡先輩と目が合ったのだ。

「おっす、お疲れ。ブラバンもいま終わったとこ?」
「うん」
「もう外暗いから、おれ送ってくよ。ちょっと待ってて。すぐ着替えてくるから」

そういうと先輩はダッシュで教室に向かい、しばらくしてまたダッシュで下駄箱に戻ってきた。まさか、だ。先輩とふたりで帰れるなんて。


「う、寒い。さっきまで汗かいてたのに、急に冷えてきた」
「もう11月ですからね」

あたしは先輩といっしょに歩いてるってだけで舞い上がっちゃって、夢のなかにいるみたいなかんじだった。足の裏が、地面から3ミリくらい浮いてるかんじ。すぐ隣に憧れの先輩がいるのに、なにしゃべったらいいのか分からなくて、ちょっと首を曲げれば先輩の顔が見れるのに、なぜかそれもできなかった。こういうときって、どうしたらいいんだろう?空気はとっても冷たいのに、ほっぺただけ真っ赤になってるのがわかる。そういえば、むかしはよく「りんご」なんて言われて、クラスの男子にからかわれてたっけ‥‥‥。

「ブラスバンドも、けっこう遅い時間まで練習やってんだね」
「はい。演奏会も近いですし」
「もし都合がつけば、おれも聞きに行きたいな、演奏会」
「ほんとですか!?よかったら、ぜひ来てください。こんど、チケットできたら、渡しますし」
「ありがと!じゃ、おれのケータイの番号教えとく」

まさかの、先輩の番号ゲット!きょうのあたしはついているぞ。


郵便局のある交差点を過ぎると、あたしの家まであと3分もかからない。ああ、ずっとずっとこのまま先輩と歩いてられたらいいのに。家が、もっと遠ければよかったな。なんて考えてるうちに、もう玄関。

「じゃ、また」
「はい。今日はありがとうございました。さようなら」

ドアを開け、ただいまも言わずに2階の部屋に駆け上がる。鞄を、放り投げる。制服のまま、ベッドにダイブ。やった。先輩といっしょに帰ってきて、おしゃべりもして、番号まで教えてもらった。

「石岡先輩、090-****-****」

ケータイの画面を、じっと、なんども見てみる。そこにはやっぱり先輩の名前と番号。ああ、あたし、いま、ニヤけてる。あたしって、きもちわるい子かもね。

「夜に電話かかってきて、告られた」

急に、きのうの洋子のことばが、頭をよぎった。そうして、いま、親指にちょっと力を入れて通話ボタンを押せば、先輩に繋がるんだって、考えた。いや、でも、そんなのぜったい無理だ。無理に決まってる。そんな勇気ないよ。でも、あの朝の占い。

「恋愛運100点。親しい友人との仲がより一層深まったり、単なる友人の一人だった異性が恋人に変わることもあるでしょう」

やっぱり、今日を逃したら、次のチャンスはいつになるかわからない。心臓がバクバクと高鳴る。あたしは、どうにでもなれ、と覚悟して、「えいっ」と通話ボタンを押した。

「プルルルルルルル、プルルルルルルル‥‥‥」

たった数秒のコール音がとてつもなく長くかんじられた。どうしよう、やっぱり辞めようか。切ろうか。なんて考えてると、先輩の声が聞こえた。

「もしもし。どうしたの?」
「あの、さっきはわざわざ家まで送ってもらって、ありがとうございました」

違う。そんなこと言いたいんじゃない。さあ、いうんだあたし。これはもう、引き返せぬよ。

「いや、いいって。また練習遅くなったら、いつでも送ってってやるから」
「‥‥‥先輩」
「どうしたの?」
「あたし、先輩のことが、好きです」

ついに、言ってしまった。

「もし、つきあってる人がいなかったら、あたしと、つきあってもらえませんか?」
「え!?まいったな。おれのほうから言おうとおもってたのに」
「じゃあ、先輩も、あたしのことを‥‥‥?」
「うん。ほら、いつも野球部とブラバンの練習終わるのおなじくらいっしょ?それで、よく下駄箱のとこですれ違ってて、いつも声かけよう声かけようっておもってたんだ。今日ようやく思い切って声かけてみたんだけど、ほんと、勇気出してよかった」
「あたしも‥‥‥」
「明日から、毎日、いっしょに帰れる?」
「はい。もちろん」
「じゃ、また明日」
「はい。おやすみなさい」
「おやすみ」

夢みたいだ。石岡先輩も、あたしのことを好きだったなんて!それに、明日から、毎日いっしょに帰れる。先輩とあたしが、恋人‥‥‥。その日の夜は、パジャマに着替えてベッドに入ってもなんだか落着かなくて、まだ起きてるのに夢のなかにいるみたいな、ベッドごと宙に浮いているみたいなかんじだった。これが、幸せってものなのかもしれない。


次の日も、また次の日も、あたしは先輩といっしょに帰った。たくさんたくさんおしゃべりして、1週間もたつと、それまでほとんど知らなかった先輩のことがわかってきた。3つ上のお姉さんがいることや、好きな音楽、好きなお笑い芸人のこと。どんな些細なことでも、先輩のことを理解できるようになることが喜びだった。


12月になり、クリスマスまであと1週間と迫った日曜日。休日はお昼近くまで眠っていることが多いのに、その日はやけにはやく目が覚めた。「あら、今日は休みなのにはやいのね」と驚いてこっちをみる母をよそに、パジャマのままリビングのソファにすわる。ちょうど占いの時間だ。

「牡牛座のあなた!今日は精神的なダメージを受けることがありそうです。何か良からぬ知らせが舞い込んでくることによって、大切なことを諦めなければならなくなるかも」

げっ。なんだよ。せっかく早起きして気分よかったのに。ぶち壊しだなぁ。とおもってがっくり肩を落としていると、母が、

「占いなんてそんなに気にすることないじゃない」

ま、それもそうかな。先輩とつきあいはじめた日の占いが当たってからは、けっこう本気にしてたんだけれどもね。


その日の夕方、家に一本の電話がかかってきた。受話器を取った母の顔が、妙に険しくなっていた。「病院」「事故」。そんなことばが聞き取れた。平穏だったリビングに不穏な空気が立ちこめる。2年前におじちゃんが病院で死んだときも、こんなかんじだった。そんなことを思い出していると、受話器を置いた母が、

「石岡くんが、交通事故にあって、病院に運ばれて、たったいま亡くなったって‥‥‥」

悲しい、なんて感情は湧いてこなかった。さいしょは、ただ、信じられなかった。つい昨日も、いっしょにクリスマスを過ごす約束をしたばかりだったのに、石岡先輩が、もういないなんて。嘘。悪い夢なら、はやく覚めて!


しかし、次の日、朝の全校集会で校長先生がその話をすると、先輩が死んだのはほんとうなんだってことがわかってきた。広い体育館のなか、いつもは友達とおしゃべりして先生に叱られてる子たちまで静かで、シーンとした空気のなか、生徒たちの鳴き声だけが響き渡っていた。なんだよ、これ。ほんとに、先輩が、死んじゃったみたいじゃんか。泣くなよ。みんな泣くなよ。泣くんじゃねぇよ。でも、そうおもってるあたしが、いちばん、泣いてるんだ。



あれから2年以上の月日が流れた。もうすぐ中学も卒業で、仲よしだったクラスメイトたちとももうすぐお別れ。みんな、それぞれの進路に別れてゆく。親友の洋子があたしの席に来て、

「数子は、将来なにになりたいの?」

と尋ねる。あたしが、

「占い師、かな」

と答えると、「変わってるなぁ数子は」だって。

「数子。石岡くんのことは残念だったけど、高校に行ったら新しい恋を見つけなきゃだめだよ。いつまでも気にしてたら、だめだからね」
「わかってるよ。4月からは、新しい自分に生まれ変わります」

でも、あたしは、きっと、いつまでも石岡先輩のことを忘れられないだろう。だって、あたしがはじめて愛した人だから。きっと、あの愛しいって気持ちも、悲しいって気持ちも、あたしのなかから消えることはないだろう。先輩がこの世を去ってしまったことは悲しい。でも、先輩に出会えて、よかった。短いあいだでも、先輩と恋人になれて、幸せだった。


くさいことをいうようだけど、先輩と出会えたことは運命だったんじゃないかっておもう。そして、魅かれ合ったあたしたちの背中を押してくれたのが、あの、朝のテレビでみた占いだった。もし占いってものが、人に勇気を与えて、そうして、あのときのあたしみたいに、一歩を踏み出せずにいる人を助けてあげられるなら、あたしは占い師になって、その子の背中を、ぽんって、押してあげたいんだ。


細木数子、17歳のころの話である。
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2006年08月08日 Tue

ふたりのロッテ 〜完結編〜【フィクション】

前回、ベルリンのバーで偶然再会したふたりのロッテ。都会での生活に疲れたふたりは、黒髪のロッテの恋人、アンドレアスを巻き込んで故郷のカルフにゆくことにした。いったい3人の旅はどうなってしまうのか!? 最後に待ち受ける壮絶な結末とは!? 果たして最後まで読む人がいるのか!? 今、運命の歯車が狂いはじめる‥‥‥。


ーーーーー


青い空、白い雲。吹き抜ける風と、風にそよぐ森の樹々。広大な畑は緑色の海のようだ。そして、その真ん中に一直線に敷かれたアウトバーン。ナチス時代にヒトラーの政策によって建設された、制限速度なしのドイツの高速道路である。そこを赤い車が走り抜ける。運転席にはアンドレアス、後ろの席にはふたりのロッテの姿があった。


この前のシーンまではベルリンの都会の風景ばかりで、それはそれで美しかったのだけれど、ここからの田舎の映像はまた一気に趣きが変わっておもしろい。都市部から田舎へ。それはまるで、大人になったふたりのロッテの心が、幼少の頃の純粋なものに戻ってゆく、その変化を表すかのようである。余談だが、宮崎駿監督はこの映画を見終わったあと、こう語ったという。

「ロッテたんのメイド服姿が見たかった」

まだ言うか。


宮崎監督がしくしくと泣いているあいだにも、スクリーンには走行する車内から撮影したドイツの田舎の風景が映し出される。ここからの『ふたりのロッテ』は、さながら短調の曲が長調へと転調するかのごとく、明るいロードムービーへと展開する。


風と太陽の光を、両手をいっぱいに広げて浴びる黒髪のロッテ。その顔にはもう、薄暗い部屋とレストランを往復していた暗い表情はない。ロッテは自由と開放の喜びに酔いしれていた。


正午、道の途中にあるレストランに立ち寄る3人。ふたりのロッテはすっかり旧交を温めて打ち解けている。男一人、運転手としてなかば無理矢理に連れてこられたアンドレアスはやれやれといった表情で首を回している。

「お嬢さん、少しは運転かわってくれよ」
「あら、大切な彼女様に運転させるつもりなの? それでも男?」

まるで少女のように笑ってアンドレアスをからかう黒髪のロッテ。


レストラン、というよりファーストフード店に近いそこでカツレツやソーセージを食す3人。ちなみに、ドイツはソーセージの本場で、このシーンで彼女らが食べているソーセージも実においしそうでした。ああ、ドイツでソーセージ食べたい。

「アンドレアス、あとどれくらいで着きそう?」
「いま三分の一くらい来たところだから、今夜はモーテルに一泊して、明日の昼ぐらいには到着するよ」
「OK」
「でもロッテ、僕そろそろ運転し過ぎで肩が疲れてきたよ」
「‥‥‥ねぇ、アンドレアスも疲れているから、次はしばらく私が運転するわ」と金髪のロッテが気を遣う。
「そんな、それは悪いわよ。それならあたしが運転していくわ」
「いや、じゃあおれが」
「どうぞどうぞ!」とふたりのロッテ。

ダチョウ倶楽部のギャグはドイツでも大人気。ドイツでこの映画の試写会が行われたときはダチョウ倶楽部もゲストとして招かれ、国賓クラスの待遇を受けたそうです。


お腹もいっぱいになり、3人は再びアンドレアスの運転で南へと向かう。ドイツ北部のベルリンから、南西部のカルフの街まで、全国をほぼ縦断する形になる。残り三分の二ほどの道のりだ。




場面は変わり、夜。国道沿いのモーテル。3人の乗る赤い車が、ヘッドライトで地面を照らしながら駐車場へ入る。

「うああっ、疲れた。お尻が痛いよ。はやくシャワーを浴びてビールを飲みたいよ」

モーテルの中へ入る3人。カウンターで白髪で小太りの男が無愛想に出迎える。

「いらっしゃい。3人ですね」
「ああ」
「そちらの女性ふたりと男性一名様で、二部屋でよろしいですか?」
「ええ」

それぞれキーを手渡され、部屋へゆく。そのとき、金髪のロッテが自分のハンドバッグを車内に忘れてきたことに気づいた。

「ごめんなさい。ちょっと取ってくるわね」

ロッテはモーテルの裏手にある駐車場へ歩いてゆく。ああ、星がきれい。ベルリンは夜景が美しいけれど、こんな星空は見られない。それに、夜の空気の匂いがどこか懐かしい。夜の田舎の雰囲気を味わいながら車のところまでゆくと、車のドアに寄りかかりながら煙草を吸うアンドレアスの姿があった。さっきまではずっとロッテがいっしょだったから気にならなかったけれど、彼女とアンドレアスは前日会ったばかりの間柄。ロッテは少し緊張した。

「きょうはごめんなさいね、こんなに長距離を運転させてしまって。すごく疲れているでしょう?」
「そんなこと気にしなくていいよ。僕だって楽しんでいるんだから」

ふーっと吐き出した彼の煙草の煙が、闇の中に広がって消えてゆく。明るいうちはじっくり話すこともできずにいた初対面のふたり。ロッテはバッグを取りにきたことも忘れ、アンドレアスとのおしゃべりに夢中になった。車はドイツ車がいちばんだとか、もう一人のロッテは月に5回はバーにきて泣くとか、はじめてロッテがバーに来たときは上半身裸だったとかいう話をした。3本目の煙草を吸い終わる頃、アンドレアスは車内にあったロッテのバッグに気づいた。

「あれ、あのバッグはドイツんだ?」

そんなウィットに富んだジョークを飛ばすアンドレアスに、ロッテは胸がときめくのを感じた。ちなみに、ドイツでのこの映画の試写会では、このギャグで会場が爆笑の渦に包まれたそうです。

「そうだった、バッグを取りにきたこと、すっかり忘れてた!」
「どうしたのロッテ?」

そこへ現れたのはもう一人のロッテ。忘れ物を取りに行ったきり戻ってこない彼女を心配して様子を見に来たらしい。

「いや、ごめんごめん。つい話し込んじゃって」煙草を靴底でもみ消しながら照れ笑いするアンドレアス。「じゃあまた明日。おやすみ」
「おやすみなさい」

ふたりは部屋へと戻って行った。彼女たちを後ろから見つめるアンドレアスが、あやしい笑みを浮かべながらペロリと唇をなめた。

「あの人、とてもいい人ね」
「うん、おもしろいし、とってもいい人よ」
「あたし、ああいう男の人がいいかも」
「‥‥‥‥‥‥」
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない。おやすみなさい」
「おやすみ」

そうして夜は更けていった。




次の日、再び抜けるような青空が広がった。3人は一路カルフをめざす。運転はもちろんアンドレアスだ。しかしきのうと一つ違う点があるとすれば、それは金髪のロッテの視線。窓の外の流れ行く景色を見ていたつもりなのに、気づくと前を向いてバンドルを握っているアンドレアスの横顔に釘付けになっているのだ。

「道も空いているし、予定通り昼過ぎくらいにはつきそうだ」

場面は変わり、ふたりのロッテの故郷、カルフ。作家ヘルマン・ヘッセの生まれた街として知られるだけの、小さな小さな村である。そこは、彼女たちの思い出の中にある15年前の風景とまったくおなじだった。昔よく水遊びをしたナゴルト川、そこにかかる石造りのニコラウス橋、何もかもがそのままだ。


ここで画面に映し出される映像の美しさは圧巻で、ある有名批評家をして「この映画は役者よりも風景が多くを語っている」と言わしめたほどである。つまり、実際に映像を観ないことにはこの映画の魅力は100分の1も伝わらないのだ。この作品は映像ありきなのである。だから、このレビューがつまらなかったとしてもそれは僕のせいじゃないです。ぜひ本物を観てください。


3人がナゴルト川の河畔へ歩いてゆく。透明な水面を見つめてアンドレアスがつぶやく。

「きれいな川だね」
「そうでしょう? 昔はよく泳いだりしたのよ」
「水着を持ってくればよかったかな」
「あら、そのまま泳げばいいじゃない」
「いや、まさかそれはできないって。おいこら、押すなよ、押すなよ! ぜったい押すなよ! うわっ!」

ザバーン。ふたりのロッテがアンドレアスを川に突き落とした。

「さささささささ寒いっ! お前ら、おれを殺す気かっ!」

豆知識として述べておくと、ドイツでは、「ぜったい押すなよ!」は「押せ」という意味なのである。敢えて背中を押され、水やら熱湯に落とされ、そのリアクションで笑いをとるというダチョウ倶楽部由来の文化がドイツには根付いているのだ。


精一杯のリアクションをとるアンドレアスを放置し、ふたりのロッテはニコラウス礼拝堂へ向かった。小さい頃、日曜日になるとよく両親に連れてこられた場所である。外側から礼拝堂を眺め、ふたりが語り合う。

「あの頃の私たちは、悩みなんてなくて毎日が楽しかったわね」
「そう、あたしたちは都会へ出て、めんどうなことに巻き込まれすぎたのね。あ、そうだ」
「なに?」
「あのときは、ごめんなさい。お別れの言わずに行ってしまって」
「仕方ないわよ。家族の事情だったんだもの」
「また、あの頃のような関係に戻りたいわ。そして、悩みなんてなくて、遅刻もクビも気にしないで、男なんて抜きで、遊び回りたいわね」
「うん」
「おーい、おふたりさん! 置いて行かないでよー!」

びしょ濡れになったアンドレアスが道路を濡らしながら歩いてきた。それを見たロッテたちは涙が出るまで大笑いした。すると、その光景を見かけた通りすがりのおばさんがいぶかしげに話しかけてきた。

「ちょっと、あんたたち。どこから来たの?」

のどかな田舎の村にはありがちだが、地元の人は怪しいよそ者に対しては敏感なのだ。しかし、近づいてくるそのおばさんの顔をみてロッテの表情が驚きに変わった。

「ピナウおばさん! あたし、ロッテです!」
「んん? ロッテ、ロッテじゃないの!」
「お久しぶりです」
「大きくなったわねぇ」
「あ、この男の人はアンドレアス。ベルリンからここまであたしたちを乗せて運転してきてくれたんです」
「はじめまして、ピナウさん」
「わざわざベルリンから‥‥‥それは大変だったでしょう。どう? 今晩はうちに泊まっていきなさいよ」
「でも、いいんですか?」
「歓迎しますよ。どうせ息子も娘もみんな出てっちまって、寂しい思いをしているんだから。今夜はごちそうさせてちょうだい」




夜、静まり返る村の中の一軒家。窓から暖かそうな明かりが漏れる。部屋の中ではテーブルを囲むロッテたち3人。そこへピナウおばさんが腕によりをかけてつくったおでんを台所から運んでくる。

「どうぞ、好きなだけ食べてね」

そうして鍋を蓋を外すと、もうもうと湯気が立ちこめる。

「これは熱そうね、少し待たないと食べられないかもしれないわ」とピナウおばさん。
「大丈夫です。あたし、がんばって食べます!」と無駄にやる気に満ちた声でいう黒髪のロッテ。
「そんな、危ないわよ。だったら私が先に食べるわ」ともう一人のロッテが手を上げる。
「じゃ、じゃあおれが」
「どうぞどうぞ!」

ダチョウ倶楽部のギャグはドイツでも大人気だ。

「はい、どうぞ」とロッテがおでんとアンドレアスの口元に運ぶ。
「アーン‥‥‥熱っ!」とアンドレアス。ロッテが熱々のおでんを唇に押し当てたのだ。

「ごめんなさい。次は気をつけるわ」
「まったく、ちゃんとやってくれよもう!」
「はい、アーン」
「アーン‥‥‥熱ちー!」

こうして、愉快な夜は更けていった。




みなが寝静まった夜中、ロッテが急に目を覚ます。すぐ隣のベッドにはロッテが寝ている。彼女はのどの渇きを覚え、起き上がって台所に水を飲みに行った。すると、窓の外に、月明かりを浴びながら煙草を吸うアンドレアスの姿がある。ロッテは冷蔵庫に入れてあったミネラルウォーターを飲み干したあと、彼のところへいく。

「眠れないの?」
「うわ、びっくりした。いや、枕が変わると眠れない性格で」

遠くに、月明かりを反射するナゴルト川の水面が見え、水の流れてゆく音が聞こえる。

「ねぇロッテ、きみとはなんだか、おととい会ったばかりだという気がしないよ」

じっとロッテの瞳を見つめるアンドレアス、金色に光る彼女の髪を指でかきあげる。ロッテはそれを拒まない。だめだってことは分かっている。アンドレアスは親友の恋人、こんなことが許されるはずはない。しかし、頭では理解できているのに、体は言うことを聞かないのだ。


次の朝、アンドレアスとロッテは何事もなかったかのように目覚め、ピナウさんとロッテにおはようの挨拶をする。

「おっと、煙草を切らしちゃった。ちょっと買ってくるよ」
「じゃ、あたしもいっしょに行ってお水買ってくるわ」
「うん、ふたりともいってらっしゃい」

ロッテはどこか様子のおかしいふたりをいぶかしく思いながら送り出した。ピナウおばさんが言う。

「いいわね、若いって。あなたもいい人見つけなさいよ。ぼやぼやしてたらすぐおばちゃんになっちゃうんだから」
「え」

不安の色を浮かべるロッテ。

「どういうことですか? アンドレアスとあたしは恋人同士なんですよ」
「え、だってきのうの夜‥‥‥」

途中で言葉に詰まるピナウおばさん。そう、おばさんは夜中トイレに起きたとき、窓からキスをするふたりのことを見てしまったのだ。とたんに苦い顔になる。

「どうやら余計なことを言ってしまったみたいね‥‥‥」
「なに、おばさん! きのうの夜、何があったって言うの? 彼とロッテがどうしたのよ!」

取り乱すロッテ。おばさんは自分が見たままを報告した。事情を飲み込むと、ロッテは一人で外へ出て行ってしまった。


それから数十分経ったときのこと、買物へいっていたふたりが車で戻ってきた。おばさんはさっきあったことを洗いざらい話した。

「放っておけば戻ってくるさ。まったく、それくらいのことで大騒ぎしやがって」アンドレアスが冷たく言い放つ。
「何言ってるの! 探しに行かなくちゃ!」

ロッテは弾かれたように玄関の外へ出ていった。

「ロッテー! ロッテー!」

声を大にして、自分とおなじ名前を叫ぶロッテ。村中を探しまわっても一向に見つかる気配がない。ニコラウス橋にも、ナゴルト川のほとりにも、礼拝堂にも‥‥‥。何時間も何時間も歩き回り、足が痛くなってくる。

(いったいどこにいるんだろう? せっく15年ぶりに再会できたのに、また昔みたいに仲のいい友達に戻れると思ったのに、なんで‥‥‥。は!)

そのとき、彼女の頭に、お花畑が広がった。そう、15年前に最後にふたりが会話を交わしたあのお花畑。その瞬間、ロッテは猛然と駆け出した。


記憶の中のそれとまったくおなじように美しいお花畑。そこへ息を切らしたロッテが現れる。お花畑のなかには、パステルカラーの花々にまぎれて、ポツンと、ロッテの黒髪が浮かび上がっている。

「ロッテ」

彼女が振り返る。




ここで突然、シーンはお花畑からピナウさん宅へ移動する。もう日が暮れかかっている。一度は探しにでたピナウもアンドレアスも、すでに家に戻ってきて二人の帰りを待っていた。

ガチャッ。

ドアが開く。ピナウとアンドレアスが視線を向けると、そこには髪はぼさぼさで服を泥だらけに汚したふたりのロッテの姿があった。

「まあ、どうしたのその格好は? 大丈夫だった?」

ピナウさんが狼狽して語りかけるが、ふたりは押し黙ったきり何もしゃべろうとしない。

「とりあえず、もう一晩家に泊まっていきなさい。ほら、ふたりともシャワーを浴びて」

そうしてもう一晩、3人はそこに泊まることになった。しかし昨晩のような楽しさは欠片もなく、夕食の時間にも殺伐とした空気が流れていた。ピナウさんが勤めて明るく振る舞っても、ふたりのロッテは応じようとしない。それにしても、ふたりで帰ってきたというのに、彼女たちは、アンドレアスとしゃべらないどころか、ふたりのあいだでさえ会話しようとしない。いったい彼女たちに何があったのか、ピナウさんとアンドレアスは不思議に思っていた。


次の日、ベルリンを出発して3度目の朝。いつものように、快晴である。しかし、この日の朝は何かが違った。


ベッドからのっそりと起き上がる無精髭のアンドレアス。彼が部屋を出てリビングへゆくと、そこにはテーブルでコーヒーを飲むピナウおばさんがいた。

「あのふたりはまだ起きてないんですか?」
「あのふたりなら、もう先に帰ったよ」
「えっ?」

驚いて窓の外に目をやると、とめてあった愛車が忽然と姿を消している。

(そ、そんな! バカな!)

慌てて部屋へ戻るアンドレアス。机の上に置いておいたはずの鍵がなくなっている。ふたりが寝ていた部屋へ駆け込むと、そこにはふたりの姿も、彼女たちの荷物もきれいさっぱりなくなっていた。青ざめるアンドレアス。




青空を流れる雲の下、運転席と助手席にふたりの姿があった。昨晩の殺伐とした雰囲気が嘘のように、ふたりは和やかである。

「あの男が今頃どんな顔してるか見てみたいわ」
「あははっ! そうね!」

きのうの殺伐とした態度。それはアンドレアスを騙すためのふたりの芝居だったのだ。お花畑で顔をあわせたふたりは、はじめ口論になった。「なんであたしのアンドレアスを」「それは彼の方から‥‥‥」そんな醜い争いをしていたのだけれど、彼女たちは気づいたのだ。せっかく再会できたのに、また仲よしのふたりに戻ったのに、なんでこんなことをしているのだろう、と。そうして、男のことなどどうでもよくなったふたりはあるイタズラの計画を思いついて、それを実行に移したのである。




「ちょっとちょっと、アンドレアスさん。こっちへ」

場面は再びピナウさん宅。ピナウさんがリビングから彼を呼ぶ。ふらふらとそちらへ歩くアンドレアス。

「あのふたりからあなたへって、プレゼントを預かっているんだよ」

そう言って笑みを浮かべながら、真っ赤なパッケージの箱を彼に手渡した。見ると、その箱にはマジックでこう書かれていた。

『あなたの恋人は、これで十分』

お口の恋人、ロッテのチョコレートである。


「聞いてないよォーーー!!」


ダチョウ倶楽部の生んだ名台詞が、カルフの村中に響き渡った。




ラストシーン。ふたりのロッテが乗った車が、地平線の先まで続くアウトバーンを疾走してゆく。どこまでもどこまでも車は走ってゆき、赤い点になり、ついには見えなくなる。それはまるで、ダチョウ倶楽部がいつまでもトリオを続けているように、ふたりの友情もまた永遠に続いてゆくことを暗示しているかのようでした。

おしまい
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2006年08月06日 Sun

ふたりのロッテ 〜再会編〜【フィクション】

この日記がブログ上に出現するころには、僕は実家で猫と戯れて手の甲を傷だらけにしていることだろうと思います。つまり、この日記は予約投稿です。


先日、部屋にテレビもビデオデッキもないのに『ふたりのロッテ』というビデオをTSUTAYAで借りるという大失態を演じてしまいまして、テープはあるのに観れないという、聞くも涙、語るも涙の状態に陥っています。


まあそれでもなんとか方法を見つけて『ふたりのロッテ』は観たいと思っているんですが、ただ観て「おもしろかった」では趣きがございませんので、観る前に内容を予想する、あわよくばレビューする、という荒技を行いたいと思います。


ということで、以下は僕の考えた『ふたりのロッテ』です。本物のストーリーとは一切関係ないので、読むだけ時間の無駄になるだろうと思います。いや、ほんと、時間の無駄になると思います。


ーーーーー

オープニング。ギターの伴奏にあわせてドイツ語の曲が奏でられる。切なくて、どこか幼い頃を思い出させるようなノスタルジックなメロディー。


スクリーンには、曲に併せて次々とセピア色の写真が写される。海辺で犬とはしゃぎ回る女の子に、誕生日ケーキのろうそくを吹き消す女の子。どれも幸せいっぱいといった表情だ。そして、もっとも特徴的なのは、どの写真にも、仲の良さそうな黒髪の女の子と金髪の女の子のふたりが映っているということ。


音楽とセピア色の写真は、ゆっくりと闇の中にフェードアウトしてゆく。


ジリリリリリーン!

けたたましい電話の音。画面はある汚れたアパートの一室に移る。部屋中に雑誌や脱ぎっぱなしの衣類が散乱し、机の上には飲みかけのウォッカとうず高く積まれた煙草の吸い殻。部屋の隅に置かれたベッドには黒髪の女が下着姿で寝ている。

ジリリリリリーン!

「んんん‥‥‥。もう、うるさいなぁ」

二日酔いでガンガンする頭を抱えながら、女はからだを半分だけ起こして乱暴に受話器を取る。

「もう、誰よこんな朝早くにしつこく電話してくるのは!」
「しつこくて申し訳なかったね、私はきみが勤めているレストランのオーナー、シュミットという者だが」

受話器の向こうから皮肉っぽく響く聞き慣れた声。ついさっきまで威勢のよかった女の顔が青ざめる。机の上に置かれた時計を見ると、針はすでに午後1時を指していた。

「さっさと出勤しろ! ロッテー!」

目を見開いて驚く女性、そう、この物語の主人公のひとり、ロッテである。オーナーの一喝の次の場面では、自転車に乗って大急ぎでベルリンの街を駆け抜けるロッテの姿をバックに、監督・脚本・音楽・俳優の名が白いフォントで表示されては消えてゆく。音楽は冒頭のそれとは打って変わり、アップテンポなロックである。


余談だけれども、この時に映し出されるベルリンの街並が息をのむほどに美しい。歴史ある大聖堂や博物館と、近代的で生活感あふれるお店やカフェが絶妙にマッチし、一つの街を形成している。そうして、そこを一陣の風のように走り抜けるロッテ。


「馬鹿者! 今月に入ってもうこれで3回目だぞ! どういうつもりなんだ!」

息を切らして職場のレストランに到着したロッテに、オーナーは容赦なく叱りつける。

「夜は男といるから、なかなか眠れないのかな?」
「いえ、夜はひとりで寝てます。すみません。もう遅刻はしません」

オーナーのいやらしい嫌味にも反論できず、うつむくロッテ。

「次に遅刻するようなことがあれば即刻クビだ。分かったらさっさと着替えて仕事をはじめろ」

ロッテは5ヶ月前に知り合いの紹介でこの小さなレストランで働きはじめた。5ヶ月、これまでほとんどの仕事を一月と続けられずにクビになってきたこらえ性のないロッテにとって、これはよく続いた方であった。


寝癖で毛先がはねたまま客の注文を取ったり料理を運んだりするロッテ。画面が切り替わり、カメラはガラス越しに彼女の姿を道路から撮影するというアングルに切り替わる。すると、レストランの向かい側の歩道を、まぶしいばかりの笑顔をした大学生の男女が通りかかる。

「ねぇグロース、どこか遊びに連れて行ってよ」
「またかい? 先週もディスコに行ったじゃないか。少しは大学生らしく勉強しなよ」

そう言って金髪の女の脇腹を教科書の角でつつくグロース。笑いながらグロースにバッグをぶつける女。

「ねぇいいじゃないの。どこかいきましょうよ!」
「わかったわかった。じゃあ明日はとっておきの場所へ連れて行ってあげるよ」
「どこへ連れて行ってくれるの?」
「それは明日になってからのお楽しみ。じゃ、また!」
「またね」

大学の講義が終わって、別れ別れに家路へつくふたりの男女。その女の方が、この映画のもう一人の主人公、ロッテである。




場面は変わり、ベルリンの夜景が映し出される。街灯に照らされた夜の街並もまた美しい。余談であるが、宮崎駿はこの映画を見終わったあと、こう語ったという。

「この映画には主人公が3人いる。ふたりのロッテと、そしてベルリンの街だ」

ゴミ箱をひっくり返したような部屋でやけ酒を飲むロッテ。不機嫌な様子がありありと表情にあらわれている。

「ちくしょう! こんな仕事、こっちから辞めてやる!」

ひとりで荒れるロッテ。彼女の胸の中に、さまざまな人に言われた、あるいは噂された言葉がフラッシュバックする。

「飽きっぽい子ね」
「親の顔が見てみたいわ」
「どういう育ち方をしたら、あんな下品な人間になるのかしら」
「愛を知らない人なのね」

シーツを涙で濡らしながら、やがてロッテは眠り込んでしまうのだった。


一方、ロッテが住んでいたぼろアパートの向かい側には、家賃が軽く3倍はしそうな高級マンションが建っており、その一室にもうひとりのロッテの姿があった。髪を一本に結って、机に向かって法律の勉強をするロッテ。彼女は大学で法律を学んでいた。

「きっと、お父さんのような立派な弁護士になってみせるわ!」

法学のテキストを開いてペンを走らせるロッテの目には希望があふれていた。


おなじ階、向かいの建物、わずか数十メートルの空間を隔てて生活するふたりのロッテ。彼女たちは、昔の親友がこんなに近くにいることに、まだ気がついていない。



ここで唐突に場面が切り替わり、回想シーンになる。ベルリンの夜から、ドイツ南部の村カルフ。川のせせらぎが聞こえる郊外のお花畑に、ふたりの小さな女の子がいる。幼き日の、ふたりのロッテである。片方のロッテが、言いづらそうに切り出す。

「あたし、実はね、あの‥‥‥」
「どうしたの?」
「あのね、お父さんの仕事の都合で、引っ越すことになったの」
「えっ!」

驚きを隠せないロッテ。

「誰にも言っちゃだめって言われたけど、もうきょうの夜にケルンの街にいくことになってるんだ」
「じゃあ、あたしたち、もうこれまでみたいに毎日遊べないの?」
「うん」

このカルフの村で生まれ育ち、いつでもいっしょだったロッテとロッテ。まさか、そんな当たり前の日常が、ぷっつりと糸が切れるように終わってしまうなんて。彼女たちには、その現実が理解できなかった。

「嘘嘘! 明日もあさっても、ずっといっしょにいようねって言ったじゃない!」
「ごめんね、でもあたしだけここに残るわけにはいかないの」

すると、悲しそうな顔でつぶやくロッテを残し、もうひとりのロッテはどこかへ走り去ってしまった。


「ロッテ! 早くするんだ! 早く車に乗り込め!」

家財道具を詰め込んで夜逃げを決行するロッテの一家。10年前に自営業ではじめた店舗が経営不信に陥ったため、一家三人で夜逃げを余儀なくされたのである。

「ロッテ! さあ早く!」

あんなに仲のよかった親友のロッテ、自分とおなじ名前のロッテ、その彼女と喧嘩した状態で別れねばならないということが、幼いながらに、彼女の胸を痛ませた。


がらんとした店舗を残して走り去ってゆく一台の車。夜の街灯に照らされたカルフの街並が美しい。余談だが、宮崎駿はこの映画を見終わったあと、こう語ったという。

「ロッテ萌え!」




再び場面は現在のベルリンへ戻る。レストランで働くロッテ。そこへよれよれの服を着た無精髭の青年が入店してくる。

「一名様ですか?」
「はい」

青年を席へ案内するロッテ。しかしその態度はどこか冷たくぶっきらぼうだ。

「メニューを」
「はい、どうぞ」

ぶすっとした顔でメニューを差し出すロッテ。

「えっと、カツレツとパンとコーヒーを」
「はい、かしこまりました」
「それと、きみをデートに誘いたいんだけれど」

注文を書き留めるメモから顔を上げるロッテ。

「もういい加減にしてよ。何度も言ってるでしょう? あたしはちゃんとした彼氏がいるし、それに、あなたにはこれっぽちも興味ないの」
「そんなに冷たく言うなよ。おれはこんなにきみのことが好きなのに」
「キモッ! マジでキモッ!」

しかめ面でそう言い捨てると、ロッテは厨房の中へ消えて行った。男はこのレストランの常連客で、ロッテを口説こうと毎日のようにやってくる男。ロッテはそれを断り続けている。ちなみにさっきの会話は、ドイツ語では何と言っていたのか聞き取れなかったけれど、若者言葉である「キモい」という単語に訳したあたり、訳者の斬新さが感じられておもしろい。


まとわりつくような男の視線。それを振り払うように、ロッテはきょうも大忙しで働き続ける。




ベルリン大学キャンパス。さわやかな青空の下、そよ風に金色の髪をなびかせて、もう一人のロッテがベンチに座っている。ただ人を待っているだけの場面なのに、それが10秒ほど映し出される。鼻にまとわりつく髪を振り払ったり、時計で時間を確認するロッテ。ロッテ役を演ずる女優ハイケの美しさが存分に引き出され、観客を魅了する。余談だが、宮崎駿監督はこの映画を見終わったあと、こう語ったという。

「ロッテたんハァハァ」

そこへ登場する恰幅のいい青年。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』に出てくる不良のリーダーに似た青年、先日ロッテとふたりで歩いていた恋人のグロースである。

「ごめん、遅くなって」
「ううん。私もさっき来たばかりよ」
「もうきょうも講義はぜんぶ終わったんだよな?」
「ええ」
「じゃあちょっと付き合ってほしいとこがあるんだ」

そうして、連れ立ってキャンパスの外へ歩いてゆくふたり。レンガ造りの建物や整備された樹木が立ち並ぶキャンパスが美しい。若々しい大学生の男女が闊歩する大学のキャンパス。余談だが、宮崎駿監督はこの映画を見終わったあと、こう語ったという。

「大学生の頃に戻りてー!」


グロースがロッテを引張っていったのは細い路地を入ったところにある小さなお店だった。看板には小さな女の子の絵がポップなタッチで描かれている。ふたりが店の前までくると、店内から大きな紙袋を両手に抱えた小太りな男が満足気な顔をして出てくるところだった。鼻息のあらいその男を珍しそうに見つめ、ロッテが言う。

「ここって何のお店なの?」
「ま、中に入れば分かるさ」

興奮が抑えられないといった勢いで入店するグロースと、何がなんだかわからず不安な表情のロッテ。


店内には所狭しとフィギュアやプラモデル、あるいは同人誌などが陳列されている。1階は主に小さめのフィギュアやプラモデル、2階は雑誌やCD、DVDが中心に取り揃えてあった。しかしどうも様子がおかしい。商品はどれも、いわゆる萌え系のものばかり。人ひとりがやっと通れるような狭い階段の壁には、何十枚ものポスターがべたべたと貼られている。


まるで赤い布に突進する牛のごとき猛々しさで3階まで一気に上がってゆくグロースと、わけも分からず彼についてゆくロッテ。3階に到着すると、そこには等身大のフィギュアや衣装などが飾られてあった。明らかに異様な空気に満ちた空間である。さらに店の奥へと進むグロース。

「ねぇなんなの? なんなのよ?」

何も語らないグロースにしびれを切らしたロッテが詰め寄る。そうして、人が着るための衣装がマネキンに着せられて飾られているショーウィンドウの前でグロースが立ち止まる。

「この服を、ロッテに着てほしいんだ。ぐふふ」

不気味な笑みを浮かべるグロース。彼は根っからのオタク、というより変態だった。僕がこの映画をみたときは、上映中にも関わらず、観客席から一斉に「キモッ!」という声が聞こえました。そのくらい変態っぽい顔だった。

「前々からロッテた‥‥‥いや、ロッテにこのメイド服を着てほしいと思ってたんだけど、やっぱり実際に見てもらわないと好みもサイズも分からないでしょ?」

驚きで言葉を失うロッテ。

「ねぇねぇ、どうかな? この白のレースがついるのもいいんだけど、ピンクも捨てがたいよね。あ、でもこのベージュのも清純な感じで悪くないし。ロッテたん、どう思う?」

大きく息を吸い込むロッテ。

「こんなもん着るわけねぇだろ! このブタムシがっ!」

大声でそう言い放ち、ロッテは逃げるようにその場をあとにする。階段を転げるように駆け下り、途中小太りの青年を3、4人ほど突き飛ばした。それを必死で追うグロース。

「ま、待ってー! 待ってよロッテたーん!」

このときのグロースは情けなくて顔が不細工で、もう醜悪そのもの。迫真の演技である。ある有名批評家をして「あの俳優はあのシーンだけで映画史に永遠に残るであろう」と言わしめたほどだ。余談だが、宮崎駿監督は感情移入しすぎたせいか、このシーンで狂ったように号泣し、観客全員から白い目で見られていました。




所変わって、あるバー。おしゃれなジャズが流れる、大人の隠れ家といった雰囲気の店内。喪黒福造が現れてもまったくふしぎではない。カウンターには色とりどりのお酒のボトルが並べられ、無数のグラスが少し暗めの照明をきらきらと反射している。


画面にはカウンター席が映し出され、中央の少し右の席に、黒髪の女性がカメラに背中を向けて座っているという構図。カウンターではタキシードを着た20代後半くらいの青年がシェーカーを振ってカクテルをつくっている。

「もっと強いのちょうだい」

グラスを差し出す、ぼさぼさの黒髪をした女性。ロッテである。頬が紅潮し、目が据わっている。

「もうやめておいたら? 飲み過ぎだよ」

彼女の体を気遣うアンドレアス。ロッテはこのバーの常連客であり、アンドレアスはロッテの恋人である。嫌なことがあると、必ずロッテはここのカウンターに陣取ってアンドレアスを相手に延々をグチるのだ。

「いいの。もうどうなってもいいのよ。あんなヒヒおやじと怪しいストーカー男のいる職場なんてもう真っ平だわ。ぜったい辞めてやるんだから! うえーん!」

テーブルに顔を埋めて泣き出すロッテ。アンドレアスもやれやれといった表情で彼女を見つめグラスを拭いている。


そこへ金髪の女性がふらふらと現れる。画面に映し出されたカウンターの左側、中央にいるアンドレアスを軸に、ちょうどロッテと線対称の席に座る女性、ロッテである。

「お水」

はじめて来店してぶっきらぼうに言い放つロッテ。アンドレアスはそんな彼女をいぶかしそうに見つめながらグラスに入った水を指し出す。ロッテはグラスを傾けて水を一口飲み、遠くを見つめるような目をしてじっと固まってしまった。

「う、うう。ぐすん‥‥‥」

相変わらず泣き続ける黒髪のロッテ。アンドレアスが困ったなぁといった表情で語りかける。

「もう夜も遅いんだから、そろそろ帰ったら? ロッテ」

ぼーっとしていたロッテが、瞬きを一つ。急に自分の名前が聞こえてきたことに反応したようだ。ゆっくりと右を向いて、さめざめと泣くロッテを見つめる。

「あなたもロッテっていう名前なの?」
「そうよ。あなたもなの?」
「ええ、偶然ね‥‥‥。ちょっと、そっちへ行っていいかしら?」
「どうぞ」

カウンターの左側の席に座っていた金髪のロッテが、もう一人のロッテの隣に移動する。水の入ったグラスの表面についた水滴を指先でいじりながら、ロッテがぽつりと一人言のようにいう。

「男なんて、ろくなもんじゃないわね」
「‥‥‥何かあったの?」

数時間前のグロースとの一件を語るロッテ。そしてその話に静かに耳を傾けるロッテ。同じ名前という偶然、そして悲しみに沈んでいる者同士の同情が、ふたりの心の扉を開いていった。黒髪のロッテも、職場でのセクハラおやじやストーカー男への不満を語った。

「はぁー、何も悩みなんてなかった子どもの頃に戻りたいわ」
「そうね、あの頃に‥‥‥。私、小さい頃、あたしとおなじ名前の友達がいたのよ。そう、あなたのような黒髪の」
「あたしにも、小さい頃、おなじ名前であなたのようなブロンドの髪をした友達がいたわ‥‥‥」

じっと見つめ合うふたり。数秒の沈黙の後に、ふたりが同時に叫ぶ。

「ロッテ!」

幼なじみの、実に15年ぶりの再会だった。今まで沈んでいたのが嘘のように、ふたりの顔は歓喜に満ちた。まさか、こんな場所で、こんな形で再会することになるなんて。


いつもいっしょに遊んでいた子ども時代を思い出し、ふたりのテンションはウナギ昇りに高まっていった。金髪のロッテが言う。

「久しぶりに、あたしたちの故郷、カルフに行ってみましょうよ!」
「素敵! もう仕事なんて関係ないわ。あすにでも行きましょう!」
「OK。私も、退屈な大学の講義なんてすっぽかしてやるわ! そうと決まったら、明日いちばんの列車で向かいましょ」

すると、黒髪のロッテが何かを思い出したようで、急に元気がなくなる。

「ごめんなさい。あたし、いまお金がなくて、切符代も払えそうにないの。どうしよう‥‥‥」

考え込むロッテ。目の前には蚊帳の外といった感じでグラスを磨くアンドレアスの姿があった。それを見てロッテが口を開く。

「アンドレアス。先週ローンで買ったっていう車の調子はどう?」
「ああ、絶好調さ。やっぱり車は国産に限るよ。ドイツの自動車は世界一さ!」
「じゃあ、600kmくらいは軽く走れるわね」

ここで「えっ?」って感じのアンドレアスの間抜け面がアップで映し出され、バーの風景はフェードアウト。

つづく

ーーーーー
ふたりのロッテとアンドレアスの珍道中はどうなるのか!? 3人の恋模様、そしてふたりの友情は!? カルフではいったいどんな事件が待ち受けているのか!? ロッテは、アンドレアスは、宮崎監督は、そしてダチョウ倶楽部の運命やいかに!! っていうか、ここまで読んだ人がいるのかどうかが甚だ疑問だ!!


次回、感動の完結編は8月8日午後8時をチェケラッ!
posted by グレエ at 08:00 | Comment(7) | TrackBack(0) | edit


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2006年07月29日 Sat

50分物語【フィクション】

うむ、ネタがない。笑ってしまうほどにネタがない。しかし、今日中に更新するためにはあと50分以内で書かねば‥‥‥。


ということでですね、ネタがないときは妄想に限るってことで、50分で出来る限り妄想を書いてみようと思います。たぶんクソみたいな文章になると思いますがご了承ください。



ーーーーー

「あれ、おかしいなぁ?」

正樹はひとりでそうつぶやきながら、机や棚の中を引っ掻き回し、ある物を探していた。

「あの鍵がなくなったら、お父さんにどれだけ怒られるか‥‥‥」

正樹が部屋中をひっくり返すようにして必死で探している一つの鍵。この小さな古びた鍵が、長く険しい冒険の扉を開くことになるとは、この時の正樹には思いもよらなかった。

「あ、もしかして、礼ちゃんの家に行ったときかなあ」

正樹はついさっきまで幼なじみの礼子の家で、夏休みの宿題をやっていたのだった。もしかしたら、そのときに鍵がポケットから落ちたのかも知れない。

「探しにいかなきゃ」

急な木造の階段をぎしぎしきしませながら、転がるように降りてきた正樹は、まだ暖かさの残る自分の靴を履いて大急ぎで礼子の家へ戻って行った。

ピンポーン。

「はい。あれ、正樹、どうしたの?」
「ごめん。さっき忘れ物しちゃったみたいでさ」

あまりに息を切らせて玄関にたたずむ正樹に、礼子はふしぎそうな視線を投げかけた。そんなに息があがるほど急いで取りにくるほど大切なものなのかしら。礼子の好奇心が刺激される。


ぬいぐるみだらけの礼子の部屋に入ると、正樹はすぐさまその鍵がプーさんのぬいぐるみのお尻の下で光っているのを発見した。あまりに古くて、鉄が錆びて黒ずんでいる大切な鍵。その中心部分には、まるでその部分だけ、カットされたばかりのような、まばゆい輝きを発する緑色のエメラルドがはめ込まれている。安堵する正樹の後ろから、肩越しに礼子の顔が覗き込む。

「ねぇ、正樹。なんなのその鍵。そんなに大事なものなの?」
「うん。これはお父さんから貰った、大切な大切な宝物なんだ」
「これは何を開ける鍵なの?」
「これはね‥‥‥」

神妙な顔になった正樹は、父から聞いた、なかば伝説めいた話を礼子に語って聞かせた。彼の話は、要約すると、だいたい次のようなものであった。


正樹と礼子が住む街のどこかに、これまで誰も開けたことのない古い古い扉があって、正樹の持つ鍵はその扉を開けるためのものなのだそうだ。その古い扉をつくったのは数百年前に実在していた魔法使いたちであり、扉の先にはいまでも魔法使いたちが生活する別世界があるのだという。昔、まだ世界に魔法が存在し、誰もが魔法を使えた時代に、ある魔法使いたちが凶悪な黒魔法を用いて暴走をはじめ、世界を恐怖に陥れた。そこで、他の魔法使いたちは彼らをこの世界から追い出すために、彼らを別の世界に閉じ込め、その扉をつくって封印したのだという。扉ができた後、魔法の圧倒的威力への反省からだんだんと魔法は規制される方向にむかい、ついにはこの世から消え去ったのだ。

「それで、その鍵が、その扉を開けるための鍵ってわけね」

いたずらっぽい笑顔で正樹に尋ねる礼子。

「そう。でも、その扉を開けるにはもう一つの鍵が必要なんだ。その扉はふたりの偉大な魔法使いによってつくられたもので、それぞれ別々の鍵穴と鍵とつくったんだ。もう一つは、僕は持ってないんだよ」

「ちょっと待ってて」

そう言って立ち上がり、赤やピンクの人形や文房具をかきまわして何かを机の引き出しから探し出そうとする礼子。どうしたっていうんだろう?

「ジャーン! もう一つの鍵って、もしかしてこれのことじゃない?」

見ると、礼子の手には古びた鍵が握りしめられていた。黒ずんだ鍵の中心には、赤い宝石がきらきらと輝いている。

「これ、3年前に死んだおばあちゃんの形見なの。さっき聞いた話も、あたしが小さい頃、おばあちゃんがよく話してくれたの。ずっと前のことだから、忘れてたんだけど」
「すごい! じゃあ僕たちふたりがあの扉を開けられる鍵を一つずつ持っていたんだね!」

興奮してまくしたてる正樹。

「ねぇ、明日になったらその扉を探しに行こうよ」

コンコン。突然のノック。礼子のお母さんだ。

「正樹くん。もうきょうは遅いから帰った方がいいんじゃないかしら? お母さんが心配するわよ」
「あ、はい。遅くまですみません。おじゃましました」

慌てて立ち上がる正樹。

「じゃあ礼ちゃん、あしたまたお昼ごろにくるよ。そしたら探しに行こう」
「うん、またあしたね」

礼子の家の玄関を出ると、外はすっかり陽が落ちて、コウロギとカエルの鳴き声が夏の夕方のぼんやりした空気を満たしていた。お母さんに怒られちゃう、と大急ぎで走り去ってゆく正樹を、玄関から礼子の母親が見つめている。

「うふふ。どうやら正樹と礼子、あの鍵のことに気がついたみたいね」



次の日、約束通り正樹は礼子の家を訪ね、ふたりで連れ立って扉を探す旅に出た。

「そうねぇ」麦わら帽に短パンという男勝りの格好をした礼子が言う。「やっぱりそういう怪しい扉は、みんながふつう通らない場所にあるはずよね。人がいつもいるにぎやかな所にはありっこないわ」
「うーん。人がいない場所かぁ‥‥‥」

同時に足を運んでいたふたりの足が突然ぴたっと止まった。顔を見合わせて同じ言葉を叫ぶふたり。

「鉄くず通りだ!」


鉄くず通りというのは、その街の中で


ーーーーー


ターイムアップ!

いや、めっちゃ中途半端になっちゃったけど、約束通り50分経ったので終了です。続きはみなさんで想像して楽しんでくださいね!
posted by グレエ at 23:58 | Comment(7) | TrackBack(0) | edit


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2006年07月16日 Sun

新・桃太郎【フィクション】

あるところに、お爺さんとお婆さんがおりました。お爺さんは山に芝刈りに、お婆さんは川へ洗濯に、智子は病院で陣痛を感じておりました。


お爺さんが最新式の芝刈り機TX-66(HONDA製)でギュインギュインと芝を刈っているそのとき、お婆さんが洗濯をしていた川の上流からどんぶらこどんぶらことバレーボールほどもある大きな桃が流れてきました。お婆さんは桃を小脇に抱えて家に戻りました。


夜、お婆さんが桃を包丁で切ってお爺さんとふたりで食べていると、お爺さんの携帯が一通のメールを受信しました。送信元は病院にいる智子でした。

「無事、元気な男の子が生まれました」

お爺さんはお婆さんに「TUTAYAで借りたDVD、今日で返却期限だから返してくる」と言い残し、急いで病院へと駆けつけました。

「智子っ!」
「あなた、奥さんを放っておいて大丈夫なの?」
「そんな心配はいい。よくがんばったな」

こうして、お爺さんと愛人の智子のあいだに隠し子ができたのでした。お爺さんは、その子が桃を食べているときに生まれてきたことにちなんで、その子を桃太郎と名付けました。


それから17年、桃太郎はネコまっしぐらといった勢いで不良への道を突き進んでいました。女手一つで一生懸命育てた智子の愛情はほんものでしたが、やはり父親の不在に寂しさを感じていたのでしょう、桃太郎の心は荒みきっておりました。


高校には週に1度か2度顔をだすくらいで、その他の日は街の喫茶店やゲームセンターで仲間とツルんでぶらぶらする桃太郎。悪そうなヤツはだいたい友達で、盗んだバイクで走り出して留置場に放り込まれることさえありました。それでも檻の中でラジカセを聞きながらジャンプを読む桃太郎にまったく反省の色はありません。


そんな生活をしていた桃太郎は、高校一年生という異例の若さで地元暴走族の頭に登り詰めておりました。総勢30を数える単車の群れ、その先頭には改造を施した愛車CB400にまたがる桃太郎。特攻服の背中には「日本一」の刺繍が施されていました。


町外れの公園の駐車場で連夜のように行われる族の集会、しかしその夜はいつもとは違う、ただならぬ空気が流れておりました。いかつい面々の中心で桃太郎が口を開きます。

「もう知っている者もいると思うが、ここ最近、隣町の族レッド・デモンがおれらのシマを荒らしてるらしい」

ざわめく族のメンバーたち。夜の空気に緊張が走る。

「いいか、このままヤツらに好き勝手やらしとくわけにはいかねぇ。シマ荒らされたからには黙ってるわけにはいかねぇんだ。これはおれらのメンツに関わる問題だ。よって明日の夜、ヤツらの集会現場を襲撃する」


次の日の夜、鉄パイプやチェーンを手に集結する桃太郎ら族のメンバーたち。迎う先はレッド・デモンがいつも集会に用いている隣町の波止場、通称鬼ヶ島。爆音を轟かせ、桃太郎たちは夜の街を疾走してゆきました。


波止場で集会を開いていたレッド・デモンたちを、30からのヘッドライトが照らします。何事かと色めき立つ強面の不良たち。単車から降りて一人でそこへ歩み寄る桃太郎、それを迎えるレッド・デモン族長。

「隣町の桃太郎さんがこんなところまでいらっしゃるとは、何の用だい?」

両暴走族のメンバーが固唾をのんで族長同士の対話を見つめる。

「何の用できたかは、あんたが一番よく知ってるんじゃないか? 胸に手ぇ当ててよく考えてみな」
「さあ、何のことだかさっぱり‥‥‥」
「いまワビ入れれば、半殺しで済ませてやるぜ」
「は? 変な頭して調子にのってんじゃねぇよ」

その瞬間、桃太郎の目の色が変わり、目にもとまらぬ早さのパンチが相手の腹にのめり込み、にぶい音が闇夜に響き渡りました。桃太郎は自慢のリーゼントを馬鹿にされると後先考えずにキレるという性格だったのです。

「うぉー!殺っちまえー!」

桃太郎の一撃が戦いの狼煙となり、血で血を洗う戦いがはじまりました。それはもはや喧嘩という生易しいものではなく、戦争のような激しさを呈していました。乾(いぬい)は釘バットで次々と敵をなぎ倒し、勝(まさる)は鉄パイプで相手をめった打ちにし、由紀治(ゆきじ)はメリケンサックをはめた拳で顔面を殴打していました。


総勢60を越える不良どもが入り乱れての大騒ぎ。と、突如、その現場に黒塗りのベンツが現れ、中からスーツに身を包んだ数人の男が出てきました。一瞬にして手を止め、静まりかえる暴走族たち。


彼らはこの辺り一帯を仕切っている暴力団の組員でした。レッド・デモンとは保護と人材の供給という形で蜜月の関係にある暴力団でしたが、黒スーツのなかのリーダー格らしき男がつかつかと歩み寄ってドスのきいた声で言いました。

「おい、このお祭り騒ぎはいったいなんなんだ?」
「す、すみません。やつらが急に攻めてきたもので‥‥‥」

萎縮して謝罪するレッド・デモンの族長。

「どうやら若ぇもんの教育がなっとらんかたようじゃのぅ。おまえらが他所の族のシマに出入りして好き放題やっとるっちゅう噂は聞いとるんじゃ」

青ざめるデモン族長。

「相手の頭はどちらかな? できれば今回だけはこいつら許してやってくれんか?」
「あんたらが誰だか知らないが、これはおれたちの問題だ。邪魔すんじゃねぇよジジィ」

ぷっつんきてる桃太郎は、相手が暴力団だろうがなんだろうがおかまいなしです。しかし、桃太郎の顔を見たとき、組員の顔色が変わりました。

「おまえは‥‥‥桃太郎じゃないか?」

リーダー格であった組員はあのお爺さん、つまり桃太郎の実の父親でした。

「なんであんたがおれのことを知ってるんだ?」
「桃太郎、まさかお前とこんな形で会うことになろうとは‥‥‥」

お爺さんは桃太郎を自分とおなじ、汚れた世界に引き込みたくない、まっとうな人生を送ってほしいという願いから、生涯父親として名乗り出ないと決めていたのです。しかしなんという数奇な運命! 死んでも会うことはないと決心していた実の子桃太郎が、目の前で返り血を浴びて自分を睨みつけているのです。智子から年に一度送られてくる写真の桃太郎とは正反対の荒んだ表情に、お爺さんは悲しみをこらえきれませんでした。

「桃太郎。実は、わしはお前の実の父親なんじゃよ」
「は? ふざけたこと言ってんじゃねぇぞボケジジィ! さっさと帰りな!」
「これを見てくれ」

そう言って、お爺さんはサイフから一枚の写真を取り出しました。そこに写っていたのは、幸せそうに微笑む若かりし日の智子とお爺さんでした。

「そ、そんなはずはない。おれのおやじは、おれが生まれる前に交通事故で死んだはず‥‥‥」
「悪かったな桃太郎。しかし分かってくれ、お前をわしみたいな人間にしたくなかったんじゃ。ほんとうに、悪かった」
「お、おやじ‥‥‥」
「桃太郎‥‥‥」

生まれてはじめて出会った桃太郎とお爺さんは、抱き合って涙を流しました。この感動の再開に心を打たれたギャラリーたちも涙を禁じ得ませんでした。まさに鬼の目にも涙。

「桃太郎、おまえはまだ若い。今からでも十分やり直せる」


その夜から半年、桃太郎は暴走族を抜け、高校も退学し、渡米を決意しました。部屋でトランクに荷物をまとめる桃太郎は、「日本一」の刺繍が入った特攻服を手に取り、荒んでいた頃の自分を思い出していました。

(日本一、か。おれはなんて小さな人間だったんだろう)

桃太郎の目から大粒の涙がこぼれ、日本一の刺繍の上にポタリと落ちる。そのとき、母親が部屋のドアをガチャッと開ける音がしました。急いで袖で目をこする桃太郎。

「あんた、アメリカ行ってどうするつもり?」
「おれ、本気でやってみたいことがあるんだ」
「なにを?」
「おれの気持ちを、音楽で表現してみたい」
「ま、何するにしても、中途半端で戻ってくるなんてことないようにね。挫折してうちに帰ってきても、入れてあげないんだから‥‥‥」
「ひどいな、母さん」
「寂しく、なるわね」
「毎週手紙書くよ」

そうして桃太郎は、大きな野望を胸に秘め、単身アメリカへと渡ったのでした。





























エミネム(桃太郎).jpg


桃太郎、のちのエミネムである。
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2006年06月27日 Tue

優のこと【フィクション】

優との出会いも、こんな梅雨の季節だった。


3年前、高校を卒業して地元で浪人生活をしていた僕の元に、役場に勤める親戚からアルバイトをしてくれないかという依頼が来た。予備校にも通っていなかった僕は、1ヶ月限定の町役場でのその仕事を引き受けることにした。


はじめての勤務の日、役場の待合室で仕事内容の説明を受けるために待たされていると、そこにもう一人のアルバイトの女性が入ってきた。「はじめまして」と挨拶して、簡単に自己紹介したり世間話をしたりしていたのだけれど、女の人と話すのに慣れていない僕は、役場の職員が部屋にくるまでのあいだ緊張しっぱなしだった。


しかし優と親しくしゃべれるようになるのに、それほど時間はかからなかった。それからは週に5日程度、役場での仕事がはじまった。まずは役場にある倉庫の備品チェックと、投票に必要な道具の準備。僕と優は梅雨のじめじめした空気のなか、冷房もない倉庫で汗だくになりながら投票箱や南京錠の個数を数えたりした。ときどき職員が様子を見にくるのだけれど、基本的にはずっと僕と優ふたりきり。自然、たくさんの会話が生まれる。

「大学生なんですか?」
「いえ、いま浪人中なんですよ。優さんは社会人ですよね?」
「うん、小学校で非常勤の先生やってるの」

彼女は一見高校生のように見えたけれど、当時の僕より7つも年上の25歳、夏のあいだだけ役場でのアルバイトをしているということだった。短大の英文科を出てから職場をいくつか変わっているらしく、その頃は公務員試験を受けるためにアルバイトをしながら勉強中だった。


投票のための準備が終わり、会場ができあがると不在者投票の受付が開始されるのだけれど、僕の地元は人口も少ない小さな町だったのではじめの2日間は投票に訪れる人が一人もおらず、3日目4日目になっても投票者は一桁しか来なかった。僕と優はふたりで受付に座ってただ待っているのだけれど、仕事がないから話ばかりしていた。


高校生卒業まで女の子と話すことさえほとんどなかった僕には、彼女とのなんでもない会話が楽しくて仕方なかった。優は中学生のころニュージーランドに留学していて、そこの景色が広大で感動した話、以前JALで働いていたころ、バスで出勤中にピンボールみたいな大きさの雹が降ってきて驚いた話、あるいは自動車教習の話や宇宙人がいるかいないかなど、一日中時間を持て余していた僕たちはとめどないおしゃべりに夢中になっていた。投票の受付場所はやはり冷房もないような蒸し暑いところだったけれど、きょうも優に会えるのだと思うと、仕事の日は朝から胸が高鳴ったものだった。


仕事がはじまって2週間ほど経つと、僕と優はすっかり打ち解けて、僕は彼女を名字ではなく優さんと呼ぶようになり、彼女も僕を下の名前で呼ぶようになった。ある日、いつものように額に汗を光らせながら投票所に現れ、笑顔で「おはよう」という優をみて、僕は彼女のことを好きになっている自分に気づいた。


外はかんかん照りの真夏日だったその日、蝉の鳴き声をバックにぽつぽつと投票所に現れる人の受付をしながら、僕たちは飽きることもなくおしゃべりに興じていた。そのとき、優が、公務員試験で出題される数学が難しくてわからないといっていたので、僕はふざけ半分で家庭教師をしてあげましょうかと言ってみた。いや、家庭教師なんてのは口実で、僕はプライベートでも優と親しくなりたかっただけなのだけれど。すると、予想に反し、優は喜んでくれて、次の日曜日に彼女の家にいけることになった。思えばこの頃から、優も僕に好意を持っていてくれたのかもしれない。


約束の日曜日、うだるような熱さの中、僕は教えられた優の家まで自転車をこいでいった。2つ上の姉は東京で一人暮らしをしているとのことで、優は両親と3人で暮らしていた。よく手入れされた小さな庭を抜け、「こんにちは」といって玄関を開けると、いつもよりラフなTシャツ姿の優が階段を降りてきて出迎えてくれて、部屋に招かれた。数学を教える、というのが目的だったはずなのに、結局僕たちは雑談してばかりでちっとも勉強は進まなかった。けれど、その日以来、僕たちの仲は急接近していった。

「ねぇ、明日プールにいかない?」

僕が彼女の部屋にいって3度目のときだったろうか、カルピスを飲み終えた優がそう言った。僕はもう、自分が浪人生であることなんて忘れていて、喜んで「いく」と答えた。コップのなかの氷が溶けて、カランと音をたてた。


次の日、ふたりして自転車で地元のプールにいった。町営だったそのプールは50メートルのプールが一つあるだけの味気ないもので、僕たちの他に客は10人もいないくらいだった。着替えを終え、女子更衣室から太陽の照りつけるプールサイドに姿をあらわした水着姿の優は、いつにも増してきれいだった。役場でのバイトと試験勉強ばかりで室内にこもりきりだった僕と優は、50メートルのプールで思い切り泳いで、思い切り日焼けした。


その日の営業が終わるまで泳いで疲れきった僕たちは、自転車を押して歩きながらプールをあとにした。やや日も暮れて少し涼しくなり、頬をなでる風が心地いい。しばらくして、優の家の前まできた。

「きょうは楽しかったね」

と僕がいうと、彼女も笑顔でこたえる。

「だいぶ焼けたね。わたしたち、受験生なのに」
「また遊びに行こうよ」
「うん」

近くに田んぼでもあるのだろうか、カエルの鳴き声が聞こえてくる。カエルの鳴き声だけが。優が「うん」と言ってから、僕たちの時間は止まってしまった。このまま優と別れてしまうのが寂しくて、さよならの一言が出てこなかった。優は、ふしぎそうな顔をして僕を見つめている。僕は抑えきれない感情にうながされるまま、彼女の唇に自分の唇を重ねた。永遠とさえ思えるようなキスのあと、僕は「またね」と言って家に帰った。自転車で通り過ぎるその日の夕暮れの街は、いつもとは少し違って見えた。


7月も半ばにさしかかった頃、役場でのアルバイトも終わって、優と仕事の上で会うことはなくなった。しかし週に1度は必ず僕が彼女の家にいって勉強を教え合うか、ふたりでどこかに出かけるようになり、交際は順調に続いていった。優は秋の公務員試験に晴れて合格し、ふたりがバイトをしていた役場で正式に働けることになった。


優との交際はうまくいっていたのだけれど、僕は自分の勉強がおろそかになっていることに危機感を抱き始めていた。女の子とつきあうなんてはじめての経験で、僕には優のことしか見えなくなっていた。自室で英語の長文を読みながらも、頭は優のことでいっぱいで、英語なんて頭に入ってこない。彼女の部屋で英語を教えてもらったとき、優が僕の参考書にすみにいたずらで書き込んだ変なクマの絵ばかり目に入ってきた。


冬、センター試験まであと1ヶ月となったとき、僕はとうとう優にきりだした。

「受験までもう少しだから、ぜんぶ終わるまで、しばらく勉強に集中したいんだ」
「うん、その方がいいよ。がんばってね、応援してるから」

彼女の笑顔を見るのは、その日がさいごになった。


センター試験を皮切りに、受験の季節がはじまった。あの日以来、優と直接会うのはやめて勉強に集中したのだけれど、どう考えても遅かった。夏から秋にかけての遅れは取り戻せるはずもなく、どこの大学の試験でも苦戦を強いられた。センターでは失敗し国立大学を断念。私立に望みをかけ、東京の大学を5つ受験したがどれも自信があるとは言えない出来だった。受ける大学受ける大学、次々に不合格となり、いよいよ3月中旬、さいごの合格発表の日、掲示板の数字の羅列のなかに、僕の受験番号はなかった。


夜、優に結果報告の電話をする約束になっていたのに、発信のボタンが押せなかった。ケータイを放り投げて、ベッドで仰向けになった。

(おれはこの半年、何をやってきたんだろう? 優に夢中になってばかりで、勉強が手に着かなかった。優になんて言えばいい?)

からっぽの心で天井を見つめていると、耳元のケータイに着信があった。画面を開いてみると、そこには優の名前。心の準備ができないまま電話に出た。

「もしもし、きょうの結果どうだったの?」
「だめだった」
「そうか。残念だったね」

彼女の悲しそうな声が胸に突き刺さる。

「ごめん、こっちから電話するって言ったのに」
「ううん、いいよそんなこと」

どうして優はこんなにやさしいんだろう? 僕は優に夢中になっててどこにも合格できなかったようなだめな男なのに。僕なんかが優といっしょにいていいんだろうか? 僕は優にふさわしくない人間なんじゃないか? そんな疑問がふつふつと湧いてきた。

「ねぇ、優」
「なに?」
「おれたち、もう終わりにしようか?」
「えっ」
「このままじゃおれ、どんどんだめになっていく気がする。優のことはすごく好きで、ずっといっしょにいたいって思ってる。でも‥‥‥」
「わかった。もういい」


これが、優とのさいごの会話になった。あまりにもあっけなくて、あまりにも悲しい別れ方。明け方になり、空が白んでくるまで、涙が止まらなかった。


4月、僕は実家を出て予備校の寮に入ることにした。優との思い出が詰まった地元にいるのは、正直苦痛だった。田舎を絵に描いたような故郷を離れ、都会で新しいスタートを切った僕。寮の仲間と生活をともにし、僕は生まれ変わったかのように勉強に打ち込んだ。まるで優のことを忘れようとするかのように。


あっという間に一年が過ぎ、ふたたび受験の季節。今度は東京の大学は一切受験せず、関西に行くことを決めていた。これも、なるべく優から離れたかったからだ。遠く離れた土地にいき、人生をリセットしてやり直したかった。受験の結果、一年の努力が報われ、京都の私立大学に合格。関東の地元から400キロ以上離れたこの地で新しい生活がはじまった。


京都に来てから1年と3ヶ月、大学での勉強も充実しているし、友人もたくさんできた。望み通り、新しい人生を歩みだしたのだ。けれど、ときどき、優のことを思い出してしまう。考えてみると、僕が優に「好き」といったのは、あのさいごの電話のときだけだった。さいごのさいご、別れ際に言っただけだった。


もっともっと、僕の気持ちを伝えておけばよかった。
もっともっと、口に出して、愛してるって伝えればよかった。



FINE














この雑記は妄想であり、実在の人物、団体とはほとんど関係ありません。
posted by グレエ at 02:05 | Comment(6) | TrackBack(0) | edit


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